向いているものを通して、愛を表現していくこれからの営み

ただいつも、愛を表現するブログやつぶやきがあってもよいと思う。

愛にもいろんな奥行きがあると思うのだけど、わたしが表現したい愛は、いのちと自然がテーマというのが特徴だ。

なぜそんなことを思ったかというと、わたし自身が何かしら愛を表現していたいという気持ちが次第にお餅のように膨らんできている。

なので、そのような場が欲しいと思った。

もはや、そういった動きをしなければ、わたしがわたしであり続けることは、これ以上難しくなっている気がしてならない。

誤解をおそれずに言えば、わたしは愛を表現したい。

自然を通して。人と自然や生きものとのつながりを通して。そしていのちを通して。

それができるのであれば、さほど手段は選ばないのだけど、やはり得意なもの、向いているもので表現するのが最も良いと思うから、文字や画像ということになるのだろう。

そうとはいえ、これまでのキンドル本やこのブログも根底にあるのは、すべて「いのち、自然、愛」をテーマにしてきた。いのちと自然までは言葉にしていても、愛は文字にならなかっただけのこと。

時に憎んだり、ひがんだり、ネガティブな気分にもなるわたしが愛と語ってしまうのは、確かに恥ずかしい気持ちもするし、おこがましい気持ちがあるから、それは心境としてやはりとても、、、言い難かった。

だけど、表現したいものが愛なのだから、それはもう、恥ずかしがって出さないでおくことは出来ないような気がしてここに表明している。

愛と対極にある感情を行き来している私たちの多くは、日頃愛を表現したり、語ることに躊躇するのではないだろうか。わたしもその一人。

だけど同時に、愛を求めていない人はただの一人もいないのではないだろうか。人は、いのちはいつだって声に出さなくても愛を求めている。

それに、わたしには自然だって愛を求めていると感じられる。自然といのちの関係性を大切なものとして尊重する、といった静的な愛というものもあるはずだ。

これは分かりやすく現代的な用語に変えれば、エコロジカルな見方で生態系を守ることは大切だよ、の考え方ということになるだろうか。

いのちを愛し、自然を愛し、人を愛する。

それは、なによりも軽やかで、楽しい生き方のような気がする。

わたしにとって、そのために必要な事。それは、まず自分自身が愛を表現していくこと。空気のように、風のように。何かが流れ出していくように。

いのちへの愛。自然への愛。どんな表現においても。

これは、これからのわたしの大切な営み。

そして大切にしたい個性でもある。

魚を焼くグリルで、豆餅を2個焼いて海苔で巻いていただきました😋

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