犬同士も相棒がいのちを終えると寂しそうに。いのちのつながり~

ブログのヘッダーを自作して変えてみました。明るくて自然体で気に入っています。どうでしょう?

さてここに来てくださった方に質問です。これまで終えるいのちに出会ったり、悲しんだりした経験はありますか? 一定の年齢になれば、きっといくつか経験されていることと思います。

さて、わたしは人間のナースですが、わたしの「いのち」のなかには、人のいのちの他にも、しっぽやひげ、時に羽があったりする仲間も含まれているのです😊

そんな中、終えていくいのちに触れて、寂しく残念に思ったことは、いくつもありました。大切な人や親族、医療機関でアルバイトをしていた時は患者さんもいました。

そして人以外の愛犬やねこや小鳥。または、自分で飼っていた以外の動物たちのことでも、見たり聞いたりして、残念に悲しく感じたことも数えきれません。

きょうは、たまたま目に入った、競馬の馬が急に倒れていのちを終えたというニュースの写真で、ぱったり倒れている馬の姿と、その後ろ姿から見える耳から伝わる健気さと愛らしさ。それを感じて残念で無念で、知らない馬でしたが電車の中で急に、、、久しぶりにポロリでした。

終えたいのちと触れる、またはみる、きく、とき。

そして、やがて生きて触れ合っていたときのことを懐かしく思い出すとき。その両方で、わたしたちは胸がキュウ、っと寂しくなります。

人と暮らしている犬やねこも、きょうだいのように暮らしていたコがいのちを終える頃、そしていなくなると、寂しそうな表情をしたり、思いつめたような様子がみられたことを何度も経験してきました。

人と人同士の場合。

人とペットの場合。

ペットとペットの場合。

どれも、やはり、寂しさを感じるようです。

いのちの感受性は、みんなどこかでつながっている。そう思わざるを得ないいつもです。

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