たべものを選択する~ゆるいべジのこと

うん、あんまり言わないんですよ。特に最近はね。

そうですねえ、別に前からそんなに言っていたわけではないけれど。

なんのことかと言うと、分かりやすく言うと、「あえて好んでは肉を食べないんですよ」ということ。魚はいただきます。

そうそう、それは20数年前のことにさかのぼるんですけどね。

畜産動物のビデオ(当時)を見たんです。ことのはじまりはそれでした。

じつはその少し前にも、私の中でその前座のような出来事があったんです。

それは、広い草原にいる子牛の兄弟をみて、すごくかわいいと思ったときのこと。

そして、「食べ物なんだろうか・・・いや・・・」とはじめて神妙な思いに駆られたんですよ。ほんと、いま思えば、前触れのような疑問が芽生えたときでしたね。

あれから20数年。弱・中・強はあっても、カタマリのような肉をあえて自分で選んで、いただかなくなりました。

現在はそれでも、「食べるか食べないか」について、あのとき以来、もっとも柔軟にゆるく、自分自身の感情や感覚との折り合いがついてる時期ともいえそうなんです。

1年ちょっと前は、20数年ぶりでステーキを(ものすごく)思い切って、いただきました。歓送迎会に選んでいただいた素敵なお店で、コースのメインで出たものでした。好意ファースト。お気持ちを大切にいただくことにしました。

先日久しぶりに、同じようにあるとき映像を見てから、食べられなくなった方の話をふと聴くことがあったんですよ。

どのくらいぶりでしょう。それは、同じ気持ちと経験をした、仲間に出会うようにほっ、とうれしくなった時間でした。

こういう出来事は、人生の小さくておおきな贈り物だなあと思うんです。ほんとうにかけがえのない静かなギフトですし、かつ、わたしらしく生きて行くパワーを与えてくれるんです。

食べ物を選択するということ。それは、まさしくわたしそのものの在り方を現わしていてるように思えます。とても内的なもの。

今日は、こんな話を何気に書きたくなりました。もうひとつのわたしの物語です。

🌿いきものにやさしいとほっとする~noteで書きました

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